切言

在りし日の僕と僕以外の誰かの会話
「腹を割って話せて警戒なんてする事もなく皆が楽しく過ごせたら最高だと思うよ。本当に。しかし現代日本社会は騙し合い奪い合いが日常茶飯事。隙を見せたら骨の髄までしゃぶられる。だから演出が何よりも重要なんだよ。敵にならないように。敵と思われないように。敵を油断させる為に」
「僕にもその意見は分かる。何かに敵対するという事は様々なものを必要とするし思わぬ障害が発生する可能性も高くなる。だけど僕には演出なんて出来ない。嫌いなのだよ。それに僕は他人に食い物にされるのも嫌だけど他人を食い物にするのも嫌でね」
「嘘吐きなのにも関わらず相変わらず嫌いなのかい。しかし余計な事を考えているね。他人なんて気にする必要は無いのに。気にするのは知人までで充分だよ」
「それで納得していればそう考えているさ。それに嘘吐きと演出家は違うよ」
「当然だよ。主に嘘吐きは不利を回避する為に、演出家は有利になる為に行動するからね」
「それは知らなかったな。兎も角、僕には演出なんて出来ないよ」
「完全な嘘は完全な演出にも似ているものだと思うけれどね。君は類稀な嘘吐きだけれど、いや、だからこそ正直過ぎるし不器用過ぎる。そんな事では日本社会で生きてくのは難しいよ。いっそ他の文化圏で生活した方が良いのではないかな。試しに一ヶ月くらい異国で一人暮らししてみたらどうかな」
「僕は日本語以外に満足に扱える言語が無いのだよ」
「問題は言語ではなくて気持ちだよ」
「相変わらずだね」
「相変わらずだよ」