放言

僕は神の存在を信じていないわけではない。
絶対に存在しているとまでは思っていないが、可能性としては存在しているのではないかと思う。そして存在するのならば単独ではなく複数だと思う。思う、というか複数の方が面白そうだから思いたいという方が正確な表現。
それが物質的存在なのか情報的存在なのかまでは考えてないし興味が無いけれど単独の存在は存在として存在しえないのではないかと思う。
存在とは正確には最初は単独かもしれないが時間の経過によって増えるものだと思う。それが突然変異だとしても或る箇所で突然変異が発生するのならば多少の時間の前後は在れど他の箇所でも同じような突然変異は発生している可能性が在る。その変化が長い時間に渡って継続するかどうかまでは分からないけれど、継続したならばその時点で突然変異ではなくなる。
突然変異は変化の可能性の点でしかない。繋がれば線になり突然変異ではなくなるし、繋がらなければ点のままの突然変異でしかない。しかし、それが一箇所でしかないという事は無いだろう。
世界には特別しか存在しないが故に普通しか存在しない。物事は特殊であり同時に普遍である。同じ物は存在しないが似ている物は存在する。似ている物は同類に分類にされる。だから完全に単独な存在は存在しないと思う。何にでも例外が在るという前提は当然だからこの事も例外が在るだろうけれど。
神と呼ばれる存在は驚異的な特異能力を所持しているのかもしれない。それがなければ神ではないとまでは思わないが神を上位存在だと思うが故に特異能力の所持は当然だと思っている。本当は上位存在だと思いたいが故に上位の証明として特異能力の所持を期待しているだけかもしれないけれど。
しかし強い存在程に繁殖力が低いので上位存在だとしたら個体数は少なそうだ。複数で存在してた方が面白そうなのだけどな。兎に角、神の存在を信じていないわけではない。
但し、それを信仰しているかどうかは別の話。
僕は神を信仰はしてはいない。対象が何であれ信仰とは諦めだと僕は思っている。諦めたから何かを信仰するのだと思う。何かを信仰している人には怒られそうな話だけれどそう思う。
それと僕は神という存在が善意から人間に何かをするとはこれっぽっちもおもっていない。神が上位存在だとしたら恐らく人間の事を大して気に掛けないと思う。僕は神ではないから神の行動原理が分からないし人間の感覚で考える事は間違っているのだろうけれど、例えば人間は興味で昆虫の生態を調べようとはしても昆虫を救おうとはしない。環境保護絶滅危惧種保護だと真剣に考えているのは一部の人間だけで大半の人間は気にしていない。それと同じように神も人間の生態に興味を持つかもしれないけれど救おうとはしないように思う。僕は神ではないので只の想像だけれど。そして上位存在ではなく同位存在ならばそもそも信仰対象にはならない。だから僕は神を信仰しない。
仏教か何かで「出会う全てを殺す」みたいな言葉が在ったと記憶しているが正直この言葉は嫌いではない。上位存在だろうと何だろうと敵対する存在は全て敵対する存在でしかないのだから。僕は傲岸不遜なのかもしれない。と思わない事もない。
とは言っても僕は敵対しそうな存在には関わらないようにする主義なので実際に敵対する事は滅多に無いのだけれど。
本日の結論は神が居たらそれはそれで面白そうだけれど居なくても僕は全く困らない、という益体も無い事。の割には反感を持つ人が多そうな当り障りの在る内容になった。