在りし日の僕と僕以外の誰かの会話

「僕は矮小な存在なのだから僕の言葉に逐一反応するのはどうかと思うよ」
「君の存在は確かに矮小かもしれない。しかし、君以外の人達もまた君と同じように矮小な存在なのだから仕方ないよ。君が自身をどう思ってるのか分からないでもないが、しかしそれは卑怯だね」
「卑怯かな」
「卑怯さ。自覚した方がいい。いや、君は恐らく自覚している。そのうえで行なっている。ふふふ、全く君は卑怯極まりないね」
「買い被りだよ。僕はそこまで僕を知らない」
「そうかな。僕はこれでも人を見る目はあるつもりだよ。そして今の君の発言で確信した。君は自身が弱者と主張して止まない愚劣な人々と同じ行動だという事を知っている。知っていてあえて利用している」
「愚劣な人々?なんだい、それは?」
「君は自身で理解している事はわざわざ他人で確認しないと気が済まないのかな?まあいい。時間が無いわけでもないしね。ここで言う愚劣な人々とは強者の不満を言う為だけに弱者であると主張している人々の事だ。彼等は負け犬ですらない。戦っていないのだからね。彼等は自分は弱者であり被害者であるという意識を免罪符にして言いたい放題やりたい放題だ。そして何か在ると強者に文句をぶちまける。同じ境遇の者と傷の舐めあう。彼等は文句を言って気分を晴らしたいだけだ。同情し同情され慰め合いたいだけだ。ふふふ。お笑い種だね。全く滑稽極まりない。勿論、同情する方にも問題はある。だが、彼等は狡猾に同情を誘う手段を得意とするのだからやむを得ないとも言える。彼等は巧妙に相手の優越感を煽るのだし、同情する方も気持ちいいだろうからね。同情とは優越感に他ならない。同情する事によって自分の方が良いと確認し安心するものだよ。ふふふ。これまた滑稽。人は常に他人と比較していないと安心出来ない。他人より優れていると確認しないと満足出来ない。他人より劣っていると思うと不満でならない。そういう心理を巧みに突いてくる。しかし優越感。それは一体何を基準に計測するというのだろうね。まさか他人と比較して優越感を感じられるのが幸福だとでも思っているのかな。本気で優越感を人生の目標に設定しているのかな。君はどう思う?」
「僕には分からないよ」
「そうだろうね。君はほとんで他人に興味が無い。さりとて目標も無いようだ。実際は目標を持たないようにしているように見えるけれどね」
「君の気のせいだよ」
「ふふふ。果たしてそうかな。まぁ君自身が理解しているのだから良いとしよう。話を戻そうか。気安く同情なんてする人々は何を幸福と捉え、何を目標にしているのだろうね。優越感?そう考える者も少しは居るだろう。だがね、恐らく大多数の人々はそうは考えてないないものなのだよ。憶測で申し訳無いがそれなりに自信は有る。彼等は幸福をどのようなものかを理解していない。彼等自身も理解していない事は知っている。知ってはいるが理解出来ない。だから幸福の為にどのような目標を立てたら良いかが分からないし、どのように行動したら良いかも分からない。幸福とは人間の最大の願望だと言っても良い。こんな僕ですらなりたいと思うのだからね。それを理解出来ないというのは幸福になれないという事と同義だ。そんな事は認められないだろう。誰が幸福になれないと納得出来る?人生を諦めた人間以外には不可能だろうし、大抵の人間は人生だけは諦められない。故に満足感や充足感を幸福と勘違いする。結果として得られるのはせいぜいその場限りの満足感に過ぎない。その満足感を簡単に得る方法として優越感を得ようとしているに過ぎないのだよ。実際には弱者と同じ程度に同情されるに値する人達。滑稽極まりないね。同情を誘いながら文句を述べる弱者にも、同情しながら優越感を感じ安心する哀れな人にも、幸福なんて時間は訪れない。少なくとも彼等が自身を理解しない限りは、と僕は思うね」
「そういうものかな」
「恐らくね。さて最初の話題だ。君自身はどうかな。君は同情が欲しくて自身を蔑むわけではない。君は優越感なんて持てない。むしろ劣等感に苛まれている節すら感じる。だからこそだろう君は自身を矮小だと蔑む。しかし、それは君の主観に寄り過ぎている。君が考える程に君は矮小ではないよ、卑劣漢」
「矮小だよ」
「卑劣漢を否定しないところが君らしいね。君が自身をどのように思おうと君の自由。だが、矮小を理由に言いたい放題、相手に反論されたら気にしないで、かい?同情される事を知っていて弱者を主張する人々と同じ行動をして人の同情を利用しようとするのは感心しないな。優越感を得る為に同情する人達相手なら兎も角、流石に僕にはまかり通る事ではないよ。いくら君の目的が同情される事に無いのだとしてもね。人に甘えるのも程々に。どのような事も君が何を言っても良い理由にはならない。一つ忠告しよう。何か言いたいのなら人間相手ではなく井戸に向かってでも言いたまえ」
「何故に井戸?」
「人に言えない事は井戸に向かって叫ぶのが日本古来の伝統なのだよ」

嘘吐きは妙な伝統を踏襲させた。