在りし日の僕と僕以外の誰かの会話

「僕は皆に笑われている気がするのだよ」
「それは素晴らしい。君はコメディアンになるのがいいかもしれないね」
「全然素晴らしくはないよ。それにコメディアンは笑わせるのが商売で笑われるのが商売ではない。大体そんな話をしようとしているわけでもないよ」
「笑われようと笑わせようとどちらにしろ笑いというのは貴重だよ。文字通り貴く重いものだ。君がそれを起こせるというのならば素晴らしい事だし、ならばコメディアンになるのが良いと思ったんだがね。まぁ僕はコメディというのをよく知らないので断言は出来ないけれど。それで何の話だったかな?」
「僕が皆に笑われている気がするという話だよ」
「そうそう、そうだったね。わざわざ繰り返さしてすまない。いや本当は覚えていたんだけど、僕一人で話し続けるのもどうかと思ってね。不器用な僕なりに円滑な会話をしようとした、その努力に免じて許して欲しい」
「構わないよ」
「ありがとう。感謝するよ。さて、君が笑われているという話だが僕の考えを述べる前に訊きたい事が在る。君は皆と言ったけど皆という範囲は何処までなのかな?家族?知人友人?まさか赤の他人までなんて事はないだろう?」
「君の言うそのまさかさ。家族から友人、街ですれ違う赤の他人まで目に映る全ての人がだよ」
「ふふふ。それは凄い。いや、冗談なんかではない。もし君が本当に全ての人々に笑われているというのなら君は紛れも無く大物中の大物、有名人の中の有名人だよ。普通、というと語弊があるかもしれないが普通の人間というのは意識しないものを個別に認識しないものでね。意識しないものは目に映っても風景の一部と、耳に聞こえても雑音と、処理される。また意識していて認識したとしても悪意や好意のような興味が無ければ大した反応はしないだろう。ところが君が見た、逆に言えば君を見た人が全員君を笑う。これは皆が君の事を意識している、もしくは意識せざるを得ないという状態であり、尚且つ興味が有るという事だ。どんな有名人だって本人と認識されない場合は在る。興味を持たれない場合も在る。ふふふ。一部の有名人の中にはそれを屈辱と感じる人も居るのだろうね。しかし君の場合には全員だ。僕の記憶には無いのだけれど君は何か名が売れるような事をしたのかな?」
「何もしてないよ」
「という事はだ。君は存在しているだけで君を見た人々全員に笑われている。素晴らしい。君の存在がそこまで大きいとは思いもしなかったよ。いやはや驚愕の事実だね」
「茶化すなよ」
「茶化してなんかいないよ。君の言うように本当に全員が笑っているのならこれしかないと僕は考える」
「僕の話が嘘だと言うのかい?」
「嘘だとは言ってないし思ってもないよ。事実だとも思ってないけれどね」
「どういう事だい?」
「君は皆に笑われている気がすると言うのは事実だろうけど、君が皆に笑われているというのは事実ではないだろうね。つまりは君の思い込みという事だよ」
「しかし僕は実際に頻繁に街中で笑われるのだよ。大勢の見ず知らずの他人に」
「それが思い込みだと言うのだよ。被害妄想と言うべきか誇大妄想と言うべきかは分からないけれどね。ふふふ。君は一体何様なのだろうね。君は誰もが知ってる有名人?圧倒的存在感の塊?しかし君は存在しているだけで有名になるような人物ではないし、名を売るような事をしたわけでもない。勿論、誰もが無視出来ない程の存在感を放っているわけでもない。確かに街中で笑っている人は居るだろうが、そのほとんど全てが恐らく君とは全く関係ない事でだろうね。他人の行為を何もかも自分に対するものだと思うのは自意識過剰な勘違い。誰も彼もが君に興味を持つ理由が無いのだから世間はそこまで君に御執心ではないよ。むしろ君の事を認識していない人の方が遥かに多い。よって君の心配事は杞憂に過ぎない。安心したまえ」

安心する?