習慣に潜む落とし穴

「君の言いたい事は分かる。充分過ぎる程に分かるよ。しかし少し待ってほしい。僕の話を聞いてからでも遅くはないだろう?
ありがとう。
僕は、というか僕が育った家では風呂というのは眠る直前と言っても差し支えが無い時間に入るものだったのだよ。風呂に入る時間というものが厳密には決まっていなくても入る時間帯というものは家庭によって幾つかに分類する事が出来る。
一つは帰宅直後もしくは夕食直前。夕食の時間が比較的遅い時間帯である家庭に多い。夕食を食べたら余り熱量を必要とする行動をしない人間が家族の多勢を占める場合も多い。何故だかは分からないが二世帯以上の家族構成である場合も少なくない。
一つは就寝直前。夕食の時間が比較的早い時間帯である家庭に多い。夕食後でも熱量を必要とする行動を取る人間が家族の多勢を占める割合も多く、それは眠る、というよりも風呂に入るまで何かをしている人間が家族の多勢を占める場合が多いという事だ。
一つは朝。眠っている時というのは最低でもコップ一杯分程度の汗をかいているらしいからね。起床した後にその汗を流して体を綺麗にしてから出かけたいという人間やしっかりと目を覚ます為に入る人間が多い。またこの時間帯に入る人間には夜と朝の両方に風呂に入る人間も居る。
少し待ってくれ。未だ本題に入ってもいない。だからと言って全く関係の無い話で誤魔化そうとしているわけではないのだ。君に睨まれたら僕は蛇に睨まれた蛙さながらに竦んでしまう。先ずは話を聞いてくれ。
ありがとう。
それで、だ。僕はそのような家庭で育ったので風呂は眠る直前に入る習慣が身に付いている。何も家庭環境の責任にしようという訳ではない。僕の考えと都合によって変えても良いのだからね。だがその必要も無かったので今でも僕には眠る直前に風呂に入る習慣が在ると言いたかっただけだ。だから僕は今でも風呂には眠る直前に入っている。
落ち着いて。凶器を向けられて普通に話が出来る程に僕の精神は頑丈ではない。僕は臆病なのだよ。頼むからその握った拳を静かに下ろして話を聞いてくれ。冷静に話が出来なくなる。最後まで話を聞いてくれ。
ありがとう。
話が長くなって申し訳無いが必要な事なのだよ。つまり僕は普段、眠る直前に風呂に入っている。今日まで全く気付かなかったのは僕の責任なのだが、言い換えれば風呂に入った直後には眠るという事だ。その習慣が身に付いてしまっていた。
だから僕が君に会う前に風呂に入ろうと思ってしまったのは何らかの他意が在ったわけではない。時間も在る事だし人に会う前に身奇麗にしておこうと思うのは特に不自然な行為ではないだろう?そうして風呂に入ったら何時の間にか眠ってしまってね。
君が信じてくれるかどうかは分からないが、それでも僕は言わなくてはならない。僕はこれでも今日の事を楽しみにしていた。結果として僕は遅れてしまったが決して本意ではないのだよ。本当だ」


しこたま怒られた。