まだ寝惚けている

音楽を聴いていると特に思うのだけど「変化」や「流れ」というのがとても大事な事だと思う。
音楽や風景などを美しいと思うのは時間の流れにより変化するからだろう。例えば写真で最高の瞬間を形にして残そうとしても変化する景色程には美しくないし必ず飽きる。うつろい現出しては消失する儚いものだからこそ強く惹かれるのだろう。散り際を美しいと感じるのは日本人的美観らしいけれど、それも変化の瞬間が顕著に見られ同時に消えると思うからこその名残惜しさみたいのが在る瞬間だからだと思う。
満足する程に多いよりも満足には少し足りない方が幸福なのかもしれない。
また変化が在るからこそ人間は生きていられるのだろう(少なくとも僕はそう)。良い時でも悪い時でも変化すると思っていなかったら生きてなんかいられない。全てが変化するからこそ退屈はしない。そして世界は否応無しに変化する。
「退屈だと言う人間こそが退屈でつまらないと言う人間こそがつまらない。そしてそういう人間程に退屈でなくなったりつまらなくなくなった場合に真っ先に逃げ出すのだよ。君には言うまでもないだろうがね」と言われても分からなかった過去。今なら少し分かるような気もする。
最悪にして最善、最良にして最悪、最低にして最高。同時に幾つもの意味を持つ。それは只の捉え方でしかない。「せめて」でも「勿体無い」でも「折角だから」でも理由なんて何でも良い。笑っていたいと思う。決して薔薇色の日々ばかりではない。でも、だからこそ嬉しい時や楽しい時にそう思える。皮肉や嫌味ではなく楽しそうに嬉しそうに笑っていられるように。心からそう思っていられるように。