意思は意志へと

行ないたくない事は行なわないのが人間だと思う。僕は思っている。
「行ないたくなくとも行なわなければならないから行なう」という状態が在ると思う人間も居るかもしれないけれど、それは「行ないたくない」のではなく「可能ならば行ないたくない」という程度に過ぎず心底行ないたくないわけではない。心底行ないたくない事は行なわなければならない事でも行なわないのが人間だと思う。僕は思っている。信じている、と換言しても問題無い。
行なわなければならないという物事を行なわない場合の代償が行ないたくないという自分の意思を越えない限り。その代償は生命だったり信念だったり家族だったり友人だったり地位だったり名誉だったり金銭だったり安心だったり満足だったり平和だったり状況により異なるだろう。越えるものも個々人によって異なるだろう。その内容に多少大小優劣賢愚難易などは無い。どれもこれも一長一短。例えば金銭次第であらゆる意思を無視出来るのならば、それもまた一つの意志足り得ると思う。


完璧に貫徹し完遂し完結するならば、だけれど。